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CSR活動

「ポレポレ基金」活動レポート(2016年4月1日~6月30日)ゴリラ虐殺の記憶を風化させないために

ポレポレ基金日本支部 山極寿一 2016年7月

観光客に伝える内戦とゴリラの歴史

6月で長い雨季も終わり、乾季の到来にともないカフジでは観光シーズンがやってきました。残念ながら、長く続いた内戦と今なお不安定な政治情勢によって、観光客の足はカフジから遠のいていますが、それでもこの季節に観光客の姿が増えることに変わりはありません。その際に、カフジのゴリラがどういう歴史をたどってきたのかを地元住民が知っていることはとても重要だと思います。観光客から問われたときに、ゴリラと地元の人間とのつながりについて適切に答えることができるからです。

今からちょうど20年前の1996年に、カフジがあるキブ州で内乱が勃発しました。これは、1994年の隣国ルワンダでの民族紛争と大規模な難民の発生に端を発したものです。カフジ・ビエガ国立公園のすぐそばに、40万人規模と5万人規模の難民キャンプができ、フツ系の民族が収容されました。ルワンダでは戦いに勝利したツチ系の民族が政権を掌握しました。ところが、カフジの北と南にはツチ系のバニャムレンゲと呼ばれる人々が昔ルワンダの内紛を逃れて移り住んでおり、フツ系の人々と対立していました。つまり、難民キャンプのフツ系の人々はカフジで再び、ツチ系の人々に挟まれることになったのです。昔からコンゴ政府は難民のツチ系の人々に選挙権を与えず、政治への参加を認めなかったため、フツ系の人々への支援はツチ系の人々への更なる迫害につながると受け取られたのです。これらのバニャムレンゲたちが蜂起し、反政府勢力と連合して1996年の内乱は起きました。

難民キャンプからは数十万人の難民たち、それに加えて地元の人々も一斉にカフジの森へ逃げ込み、反乱軍から逃れようとしました。短くても数週間、長ければ数カ月の間、人々は森の中で飢えをしのがなければなりませんでした。多くの野生動物が食料として狩りたてられ、食べられる植物は根絶やしにされました。キブを制圧した反乱軍は西方2000キロに位置する首都のキンシャサへ向かって進撃を続け、翌年政権を奪取して、国名はザイールからコンゴ民主共和国へと改名されたのです。

観光客が訪れるカフジ・ビエガ国立公園のビジターセンターに展示してある虐殺で犠牲になった動物たちの骨 観光客が訪れるカフジ・ビエガ国立公園のビジターセンターに展示してある虐殺で犠牲になった動物たちの骨

観光客への解説から地元の子どもも学ぶ

この1年間で、ゾウの数は450頭から5頭にまで減り、260頭いたゴリラも半減しました。しかも、内戦が終わっても野生動物たちの悲劇は繰り返されました。内戦でずたずたになった交通網によって物資や食料が不足し、内戦中に家畜や畑も失って、人々は当座の食料や燃料を森に求めたのです。密猟は絶えず、たきぎや建材、そして薬草を採集しに保護区に不法侵入する人々の数は激増しました。公園のパトロール機能がもどった今でも、これらの不法活動は後を絶ちません。それは地元の人々が電気もない生活を強いられており、自然の資源に大きく頼らざるを得ないからです。

ポレポレ基金では、まず外国からやってきた観光客にこうした歴史を解説し、虐殺にあったゾウやゴリラの骨を手にとって見せ、当時の状況を再現して見せます。そして、村人たちが日々の暮らしに必要な燃料をどんなに苦労して集め、運んでいるかを体験してもらうことにしています。その上で、村を紹介し、畑で取れた作物を使って伝統的な料理を味わってもらいます。その行程に地元の子どもたちを参加させることで、子どもたちにもゴリラをはじめとする土地固有の動物たちに何が起こったのか、それを守るために何が必要かということを学んでもらおうと考えています。

村の女性と同じように毎日必要なたきぎを背負ってみる観光客の女性 村の女性と同じように毎日必要なたきぎを背負ってみる観光客の女性

内戦の時代を知らないアンガ学校の子どもとゴリラの子ども

観光客が訪れるチマヌーカ集団では最近1頭の赤ちゃんが生まれました。20歳以下のゴリラの子どもたちは内戦下のゴリラの虐殺事件を知りません、その後、前と同じように観光客が訪れるようになってからは、人間が彼らを襲うことはなかったはずですから、人間を友達と思っているはずです。ゴリラの子どもたちが楽しそうにじゃれあい、ときには人間に興味を示してそうっと近づいてくる姿を観察するのは、とても楽しい体験です。でも、シルバーバックのチマヌーカをはじめ、多くの年配のメスたちはあの苦難の時代を知っているはずです。群れが襲われてリーダーが殺され、散り散りになってチマヌーカのもとへやってきたメスもいるからです。彼らは人間をどう思っているのでしょう。

観光客のそばにやってきてひょうきんな表情を浮かべるゴリラの子ども 観光客のそばにやってきてひょうきんな表情を浮かべるゴリラの子ども

同じように、アンガ小学校や中学校に通う地元の子どもたちも、あの虐殺の時代を知りません。地元でも数十万人の人々が内戦の犠牲になりました。ただ、ゴリラと違って人間はその悲劇を教訓として語り継ぐことができます。再び同じような悲劇が起こらないために、ゴリラたちの人間に対する信頼を崩さないために、この歴史と事実をしっかり伝えていこうと考えています。

国立公園に研修にやってきたアンガ小学校の子どもたち 国立公園に研修にやってきたアンガ小学校の子どもたち