新しい「ENEOS」誕生までのあゆみ

1910・1920年代

1919年 給油所の誕生

JXTGグループ初の給油所は、日本石油が1919年(大正8年)2月、東京市神田区鎌倉河岸(現・千代田区外神田)に建設し、奥田友三郎商店に貸与しました。当時、鎌倉河岸には中央魚市場があり、そこに出入りする自動車を顧客にしていたようです。

日本石油では、1888年(明治21年)の創業時、創立記念式典の会場内に一羽の蝙蝠(コウモリ)が舞い込んで来たことから、「コウモリ」をデザインしたマークを商標とし、「蝙蝠印石油」の商品名で製品販売を行っていました(当時、コウモリは「蝠」の字が「福」に通じるため、福を呼ぶ「縁起物」とされていたそうです)。給油所にも「コウモリマーク」が掲げられていました。


「コウモリマーク」は、「日本」の文字を飛翔する「コウモリ」の姿にデザインしたもので、三菱石油と合併するまで、日本石油の社章となっていました


大正時代の給油所(残念ながら初めての給油所の写真は現存していません)

この時代の出来事 1914年:第1次世界大戦勃発,1923年:関東大震災発生,1925年:ラジオ放送開始,1928年:日本で初めての普通選挙実施,1929年:世界恐慌発生

1928年 三菱グループ初の給油所

三菱グループ初の給油所は、三菱石油の設立より早く、1928年(昭和3年)、丸の内2丁目(東京駅のそば)に、三菱商事の直営としてオープンしました。同給油所の正式名称は「市役所前三菱正味揮発油販売所」ですが、看板には「MITSUBISHI SERVICE STATION」のロゴが掲げられています。マークは当然ながら「三菱」です。


1928年(昭和3年)当時の三菱グループ初の給油所

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