新しい「ENEOS」誕生までのあゆみ

1990・2000年代

1991年 「NISSEKI」カラーリングに変更

1991年度(平成3年度)より、日本石油のSSカラーリングが、当時流行していたパステルグリーンに変更。ロゴも漢字から「NISSEKI」となりました。太陽(サンライズマーク)の光を受けて輝く「緑の地球」をイメージし、地球環境を意識し、明るく心地よい環境をつくり出すことがコンセプトで、「背広族(おじさん)」に強いと言われていた日石から、若者にも人気の「NISSEKI」への脱皮を目指していました。

この時代の出来事 1991年:湾岸戦争勃発,1995年:阪神・淡路大震災発生,1998年:長野オリンピック開催,2001年:アメリカ同時多発テロ事件発生,2002年:ワールドカップ日韓大会開催

1993年 JOMO誕生

1992年(平成4年)12月、日本鉱業と共同石油が合併して、日鉱共石が発足。翌年には社名を「ジャパンエナジー」とし、SSブランドを「JOMO」としました。「JOMO」とは、「Joy of Motoring(車の楽しさ、運転する喜び)」「Joy of Movement(動いていくことの喜び、成長・進歩しようとする動き)」に由来する造語。マークの球形は「地球」を表し、ブルーからグリーンに変化する色合いは、水と草木という「澄み切った地球環境」を象徴。四角の部分は「天」を表し、レッド・オレンジからイエローへの色合いは「新世代の夜明け」を象徴しています。


新ブランド「JOMO」を発表する日鉱共石・長島社長(当時)

1995年 三菱石油、カラーリング変更

1995年(平成7年)3月、三菱石油が22年ぶりにカラーリングを一新。新カラーリングは、新しい生命の色であるヤンググリーンと明るいイエローの組み合わせをベースとしており、21世紀に向けて大きく飛躍する「新しい三菱石油」を表現しています。

2001年 初代ENEOS誕生

1999年(平成11年)4月、日本石油と三菱石油が合併し、日石三菱が発足しました。当初は、旧会社の「サンライズマーク」「三菱マーク」をそれぞれ使用していましたが、2001年(平成13年)4月、新ブランド「ENEOS」に統一することを発表!「ENEOS」は、「ENERGY/エネルギー」と「NEOS/ネオス(ギリシャ語で新しい)」という二つの言葉を組み合わせた造語であり、さまざまなエネルギーのメニューを取りそろえて、お客様一人ひとりに満足をお届けしたいという思いを込めています。ブランドマークは「エネルギー」を象徴的なフォルムでデザインし、中心の球体は「信頼性」と「永続性」を、外に広がるスパイラルは「創造性」と「革新性」を表しています。

新ブランド「ENEOS」を発表する日石三菱・渡社長(当時)

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