ENEOSの「走る広告塔」 タンクローリーのあゆみ

1950・1960年代

1961年(昭和36年) 水島製油所の操業開始

1960年代に入ると、石炭から石油へのエネルギー転換が急速に進んでいきます。この流れに乗り、日本鉱業は1961年(昭和36年)に水島製油所の操業を開始し、本格的に石油ビジネスに参入します。
また、水島製油所の操業に合わせ、商標を「カクタスマーク」に刷新。カクタスマークは、中南米に原産するサボテンのなかで一番大きい「ジャイアントカクタス」をデザインしたものです。

この時代の流行
  • オードリー・ヘップバーン 1954年頃 映画「ローマの休日」などの大ヒットにより、ファッションを真似る女性が続出
  • ミニスカート 1967年 英国のスーパーモデルツィギーが来日し、ミニスカートが大流行
  • グループサウンズ 1968年頃 エレキギター等の楽器を自ら演奏しながら歌うグループが次々とデビュー
ひとことメモ

CACTUSカクタスマークは「偉大な活力の源泉と旺盛な成長力」を表現しています。

この時代のタンクローリー
  • 1953年 名古屋油槽所 ローリー積場。
  • 1961年 水島製油所A工場(三菱石油) ローリー積場。
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