ENEOSの「走る広告塔」 タンクローリーのあゆみ

1970・1980年代

1970年頃(昭和45年頃) モータリゼーションの本格化

昭和40年代(1965~74年)の半ばになると、1969年(昭和44年)の東名高速道路全線開通に象徴されるように、わが国のモータリゼーションは急成長を遂げていきます。
この頃の石油輸送の主役は「ボンネットタイプ」のローリーです。

この時代の流行
  • ボウリング 1971年頃 場所によっては数百メートルごとにボウリング場が建つほどのブームになる
  • およげ!たいやきくん 1975年 450万枚以上が売れ、シングル売り上げの日本記録に
  • 竹の子族 1980年頃 奇抜な格好をして原宿の路上で踊る若者達が出現

1984年(昭和59年) 日石と三菱石油が「業務提携基本契約書」に調印

1984年(昭和59年)11月30日、日本石油と三菱石油は「業務提携基本契約書」に調印。業界の先陣を切り、一企業の枠を超えた合理化の実現を目指していきます。
写真は、室蘭製油所での両社のローリーによる出荷風景です。
この提携は、日本石油・三菱石油の合併に大きく発展することになります。

1987年(昭和62年) 無鉛ハイオク新発売

1987年(昭和62年)には、有鉛ハイオクの製造・販売が中止となります。これに合わせ、各社ともに「無鉛ハイオクガソリン」を新発売!競うように大規模な広告宣伝・販促活動を行ったため、「ハイオク戦争」と呼ばれました。
ローリーにも、新ハイオクのロゴマークが描かれ、PR活動に貢献しました。

ひとことメモ

日本石油本社ビルの前を走るローリー。
(社内報「こうもり」1980年10月)

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