ENEOSの「走る広告塔」 タンクローリーのあゆみ

1990・2000年代

1992-1996年(平成4-平成8年) ピギーバック輸送

首都圏の道路渋滞と、ローリー乗務員不足等への対応策として、日本石油では、平成4年(1992年)から平成8年(1996年)までの間、ローリーと鉄道をドッキングさせた「ピギーバック輸送」を行いました。ピギーバックとは、直訳すると「豚の背中」。ローリーのタンク部分のみを鉄道貨車に乗せ、目的地まで輸送するという、ユニークかつ斬新な試みでした。

この時代の流行
  • 携帯電話・PHS  1990年代前半 90年代前半から爆発的に普及する
  • 韓流ブーム 2003年頃 韓国のテレビドラマ人気をきっかけに、中高年女性のあいだでブームが起きる

2008年(平成20年) 「おおいた国体」のPRに貢献

九州を中心に、地域に密着した企業活動を行ってきた九州石油。2008年(平成20年)に地元大分で開催された「おおいた国体」のオフィシャルサポーターとなりました。
その際には「チャレンジ!おおいた国体」と大きくデザインしたローリーを運行し、同大会のPRに貢献しました。

この時代のタンクローリー
  • 日本鉱業と共同石油が合併して、日鉱共石が発足。その後社名を「ジャパンエナジー」とし、展開していたSSブランド「JOMO」のタンクローリー。
  • 1999年、日本石油と三菱石油が合併し、日石三菱が発足。2001年にブランドをENEOSに統一。
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新しい「ENEOS」誕生までのあゆみ

JX日鉱日石エネルギー(現:JXTGエネルギー)の発足によりENEOSは、日本最大のSSブランドに成長しました。新しいENEOSが誕生するまでのあゆみを、当時の時代背景とともに振り返ります。